【開運さんぽ・パワースポット】
富士塚で富士登山(2)

 富士講は江戸時代中頃から昭和はじめにかけて盛んに行われ、江戸八百八講(えどはっぴゃくやこう)と言われるくらい数多くあったそうです。
 そして、庶民の富士信仰のために富士塚もたくさん作られましたが、今も多くが現存し、一部では登ることもできます。今回はそのいくつかをご紹介しましょう。


●品川富士[東京都品川区北品川]
 北品川に鎮座する品川神社。その境内にある品川富士は、神社の前を通る国道15号(第一京浜)からも望めます。高さ約15mあり、都内で一番高い富士塚と言われます。

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 神社入口の双龍鳥居をくぐり、石段を昇りきると、すぐ左手に浅間神社が鎮座しており、そのすぐ隣りが品川富士です。
 築造は明治2年と新しく、その後何度か破棄や移築が行われました。登山道はしっかり固められているので登りやすく、いつでも登山できます。

 浅間神社への参拝が終わったら、さっそく登ってみましょう。登山道の入口は石段の途中になります。石段を少し降りた右手に小さい鳥居が立っています。猿田彦神社の小さな社が祀られています。

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 品川神社や浅間神社があるところが5合目に当たります。ここからはちょっと急になります。

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 頂上は平らな広場のようになっており、旗立てのポールが立っているだけで、奥社は建っていません。品川神社自体が高台に鎮座していることもありますが、東側の眺めは抜群。かつては品川の海まで見ることができたでしょう。今は眼下に京浜急行の電車が走っています。

 
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参考記事:


 今に残る江戸七富士の中で、国の重要有形民俗文化財になっている3基に登れるのは、山開きのときだけです。

●江古田富士[東京都練馬区小竹町1-59-2]
 西武池袋線の江古田駅北口を出てすぐ。茅原浅間神社(かやはらせんげんじんじゃ)境内に残る富士塚です。茅原浅間神社の創建年代は不明。富士塚をご神体として、すぐ前に社殿が建てられています。

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 江古田冨士は、地元の講によって1839年(天保10年)に築造されたと言われ、高さ約8m、直径約30m。富士山の溶岩が使われています。
 この時期はうっそうとした樹々に囲まれ、山頂には石の祠、途中には天狗や神猿などの石像も見えます。

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 普段は入れませんが、正月三ヵ日、山開き(7月1日)、例祭(9月第2土日)に開放されます。

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●豊島長崎富士[東京都豊島区高松2-9-3]
 富士浅間神社は、東京メトロ有楽町線の要町駅と千川駅の中間あたりに鎮座しています。千川駅からは徒歩約5分、要町駅からは約10分くらいです。
 ただし、住宅街のど真ん中にあるため、場所が非常に分かりにくいです。富士塚のあるところは富士浅間神社児童遊園になっており、遊具がいくつも置かれています。

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 豊島長崎富士は1862年(文久2年)の築造。高さ約8m、直径約21m。別名、高松富士と呼ばれます。大きく立派な富士塚で、頂上には溶岩が使われ、石の祠に大日如来像が祀られています。周囲にはさまざまな岩、石仏、石碑が置かれています。昭和と平成の大修復の石碑もありました。

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 すぐ隣りに富士浅間神社が鎮座していますが、残念ながら富士浅間神社、豊島長崎富士ともに金網に囲まれており、中に入ることはできません。山開きが毎年7月第一土日に行われ、そのときだけ開放されます。

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●下谷坂本富士[東京都台東区下谷2-13-14]
 国の重要有形民俗文化財となっているあと1つの富士塚は、下谷坂本富士です。
 東京メトロ日比谷線の入谷駅から西へ徒歩約5分、小野照崎神社の境内にあります。
 1828年(文久11年)築造で、高さ約6m、直径約16m。現在は入口に鉄製の柵があり、1月1日と山開き(6月30日、7月1日)だけ開放されます。


 埼玉県にも浅間神社、富士浅間神社がたくさん鎮座しており、かなりの数の富士塚があったようです。

●瀬崎の富士塚[埼玉県草加市瀬崎3-3-24]
 先日、竹ノ塚近辺まで行ったところ、東武鉄道の谷塚駅の近くでたまたま冨士浅間神社を見つけました。
 ここの冨士浅間神社の創建年次は不明ですが、明暦年間(1655年〜1657年)に現在地に移建されたという寺伝が残っているそうです。本殿は1842年(天保13年)に再建されたものです。

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 境内に入ってみると、本殿の裏が広い広場(駐車場?)になっており、その一番奥に富士塚が立っていました。
 これが瀬崎の富士塚で、案内板によるとこの一帯は昔、瀬崎村と呼ばれ、「富士行」が盛んに行われたそうです。築造は1916年(大正5年)。高さ約4m、横幅薬10.4m、奥行約8.6mあります。
 頂上には祠が置かれ、塚の左右に男坂と女坂が設けられています。現在も富士講が続けられており、新しい修復記念碑や富士講の石碑なども立っています。