【開運さんぽ・パワースポット】江戸の寺社(2)
江戸を守り続ける徳川家康

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●徳川家康が遺した壮大な遺言
 慶長8年(1603年)、徳川家康は後陽成天皇から征夷大将軍に任命され、江戸幕府を開きました。家康は徳川家と江戸の末永い繁栄を祈って、鬼門ラインの守りをはじめ、神仏のパワーで江戸を守るさまざまな工夫を凝らしました。
 その最終形が「自ら神となること」です。つまり、自分の死後、神社に祀られるご祭神となって、国や民を守ろうというものです。
 家康は元和2年(1616年)、駿府城にて75歳で死去しました。彼の遺言はこうです。

1 臨終となったら躰をば久能へ納め
2 葬礼をば増上寺にて申し付け
3 位牌をば三河大樹寺に立て
4 一周忌も過ぎて以後、(現在の栃木県)日光山に小堂を建て勧請せよ
  八州の鎮守になろう

 1の久能山(静岡県静岡市駿河区)は、家康が晩年を過ごした駿府城近くの山(標高270m)で、山頂に奈良時代以前から久能寺がありました。家康死後、武田氏が築城した久能城跡に久能山東照宮が建立されました。
 2は東京の浄土宗大本山、増上寺のこと。徳川家の菩提寺であり、墓所があります。
 3の大樹寺は、家康が生まれた三河国(愛知県岡崎市)にある浄土宗のお寺で、代々、松平家と徳川家の菩提寺。家康の遺言に従い、現在も歴代徳川将軍の位牌が収められています。この位牌は臨終時の身長と同じ=等身大の大きなものです。

 また、「八州(関八州)」とは、
相模国(神奈川県)、
武蔵国(東京・埼玉・神奈川)、
安房国・上総国(かずさのくに)・下総国(しもうさのくに)(以上千葉県)、
常陸国(茨城県)、
上野国(こうづけのくに:群馬県)、
下野国(しもつけのくに:栃木県)
の関東八か国のこと。
 つまり自分が治めた関東地方を神となって守るんだ!と言ってます。

 大きな権力者は死後、その功績や人徳にあやかろうと神様として祀られることがあります。
 例えば、初めて天下統一した豊臣秀吉は、死後に豊国大明神の神号が与えられ、京都市東山区の豊国神社に祀られました。徳川家康は江戸幕府を開く際、秀吉の神力を封じ込めるために、なんと豊国大明神を廃し、豊国神社そのものも廃絶してしまいます(明治時代に復活)。当時はそれほど神仏の力に対する恐れが強かったのでしょう。


●妙見信仰によって選ばれた日光の地
 そして1617年、故・家康は後水尾天皇から東照大権現(とうしょうだいごんげん)という神号を賜り、ついに神様として神格化されます。
 「東照大権現」とは、伊勢神宮の「天照大神」に対して「東を照らす神」という意味で、祀る神社を東照宮と称しました。現在は全国各地に東照宮という名の付いた神社があります。

 さて、ここのポイントは4の日光です。お堂を建てたのは、なぜ江戸から遠い下野国(栃木県)の日光だったのでしょうか。
 仏教の密教には、北極星(北辰=ほくしん)を崇める「妙見(みょうけん)信仰」あるいは「北辰妙見信仰」があります。北の空で常に動かない北極星をこの世の中心(天帝)とし、天帝が人を支配するという、古代中国の思想です。陰陽道にも影響を与えています。
 日光は江戸の真北(正確には約6度傾いている)に位置し、江戸から望む空には北極星が輝いています。ここに神となった自らの霊を祀ることで、江戸と北極星を結ぶ神聖なライン(北辰の道)をつくろうとしたのです。
 家康自身は実際に日光山へ行ったことはないそうですが、日光を選んだのは天海僧正からのアドバイスのようです。


●東照宮が建つ場所の秘密
 久能山東照宮には、家康を埋葬した場所に神廟(しんびょう)が建っています。高さ5.5mの石塔ですが、その扉は遺言によって西を向いています。
 久能山から西へ真っすぐ進むと、家康が生まれた岡崎城(愛知県岡崎市)、さらに西へいくと京都にたどり着きます。死んだ後もなお、西(朝廷)ににらみをきかせようとしたわけです。

 さらに、久能山東照宮と日光東照宮を結ぶと、その途中に富士山が位置します。つまり、久能山に葬られた後、富士の山=不死の山を越えて、日光へと移ることで、永遠の神になろうとしたのです。わざわざ1年後に勧請する理由もそこにあります。

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●家康の誤算と徳川家の繁栄
 この家康の遺言は、金地院崇伝と天海僧正が、駿府城で直接受けたそうです。

 現在、日光東照宮の奥の院には家康の墓所がありますが、家康自身は「勧請(分霊を他の場所に移すこと)」だけで、墓を移せ(改葬)とは遺していません。また、2代将軍・秀忠が建てた質素な日光東照宮を、絢爛豪華に改装したのは3代将軍・家光です。
 これは江戸幕府がほぼ完成し、徳川将軍家の力を見せつける必要があったと言われ、その影には天海僧正の意向もあったことでしょう。

 家康の意向とは少し異なってしまいましたが、ともあれ今に残る日光東照宮はほとんどが国宝や重要文化財に指定され、1999年には世界遺産にも登録されました。観光はもちろん、パワースポットとしても人気を集めています。平成31年まで平成の大修理中ですが、今年は400年式年大祭が行われています。

 平和な江戸時代が265年も続いたのも、江戸から東京に変わってもますます繁栄しているのも、徳川家が作り上げた風水パワーのおかげなのかもしれません。

(続く)

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